OTUニュース
2019.3.28
若き教職員たちへ


  初めて教員として教壇に立ったのは今から38年も前のことです。つい2週間前まで学生気分を満喫していただけに、環境の激変に大いに戸惑ったのを鮮明に思い出します。とにかく毎日の授業の準備が大変で、家に帰ってからも連日深夜まで教材解釈(といっても教科書を何度も読み返すだけ)、教材づくりに明け暮れました。しかし、学校に行けば、そして教室に入れば、かわいい34人の子どもたちがいつでも迎え入れてくれました。それだけが救いでした。ヘタクソな授業に加え、勝手が分からず何をするのも後手後手になりましたが、それでも「ごめんな」の一言で許してくれました。今から思えば、これこそ“子どもに育ててもらう教員”の典型だったように思います。初任研もなく指導教員もいませんでしたが、それでも何とかなったのは、子どもも保護者も地域の方々も、そして職員室の先輩方も「まあ新米じゃから仕方ねえわ」と広い心で受け入れてくれたからでしょう。
  毎日毎日、休み時間には運動場に出て遊びました。それだけでは飽き足らず、土曜(当時、土曜の午前は授業日だった)の午後は、子どもたちと一緒に釣りに行ったり、山に冒険に行ったり・・・。午前3時に集合して学校の裏山を2時間かけて登り、全員でハレーすい星を見たのもその頃です。
  以来幾星霜。歳を重ねるにつれ、授業は多少うまくはなったものの、次第に子ども達の体力について行けない自分に気づくようになりました。と同時に、子ども達のあふれるような笑顔に接する機会も減ってきたように思われます。
  若いということ、それ自体が何にも替えがたい財産です。テクニックは無くとも、授業がヘタクソでも、全力で子どもたちと関わることによって、子どもたちは全力でこたえてくれるのです。
  若き教職員たちよ、「今」をいかせ。若いということ、それ自体が財産なのだ。
そして、「分からん」とき「苦しい」ときには、「分からん」「苦しい」と声をかけてほしい。隣の教員でもいい、学生時代の友人でもいい。誰もいなければ、教職員組合が力になる!

  説教じみた内容になってしまった。私のガラではない。でも、まあ最後なので許してくれるかな。
  そしてもう一言。若い教職員は素晴らしい、それは真実。加えて、私の座右の書のひとつである小説「橋のない川」の中で、こんなくだりがあります。

『若い人は美しい。しかし年老いた人は、さらに美しい』  絶筆

(梶原洋一)



コラムバックナンバー
□2019年:最新号20190117 想像力をもって
□2018年:20181120 教科書無償化のはなし20181002 違いを豊かさに20180712 まずは率先垂範でしょうが20180227 人間回復の橋
□2017年:20170908 ここにもまた、効率・採算・・・20170726 実るほど 頭を垂れる稲穂かな20170614 「渋染一揆」に学ぶ20170127 想像する力
□2016年:20161130 発想の転換20161018 殺傷事件から考えたこと20160329 赤ペン先生
□2015年:20151224 若者とこの国の「未来」2015151127 「忘れました」の向こう側に20150930 原風景20150826 夏の作業20150616 元特攻隊員の記憶20150428 社会人、家庭人、地域人20150330 人間は多面体20150220 酒と父と私と息20150113 人権文化のバロメーター
□2014年:20141201 消滅可能性自治体20141020 憂いのそばに20140905 ゆたかな学びを求めて・・・20140804 「きょうも机にあの子がいない」からの学び201406 競争社会のなかで
□2012年:20120920 集え!全人教大会(全国人権・同和教育研究大会)へ20120209号 「竹田の子守唄」から
□2011年:20111024号 宮古にて20110420号 「国難」と人権20110201号 草野球
□2010年:20101110号 ケータイ依存20101010号 学びの原点20100801・10号 多目的トイレ20100501号 運動不足20100220号 2010年屠蘇の味
□2009年:20091110号 みんなちがって みんないい20090910号 A君の夏20090910号20090501号 にんげん回復のために
□2008年:20080820号 "格差社会"の中を生きるということ20080801・10号 「白い杖」20080420号 新学期の匂い20080320号 「宿泊拒否」事件から見えてくること20080120号 「乾いた言葉」
□2007年:20071220号 「人と人との間で生きること」20071120号 「相手の思いを我が身に重ねて」20070720号