OTUニュース
2018.02.27
人間回復の橋


  「今年は○○から△△周年の節目の年」という言い方をよく耳にするし、私も2年前の2016年には「岡山県教組結成70年」という言葉を事あるごとに使っていた。歴史に思いを馳せることを通して、今とこれからを考えるという意味あいだろうと思っている。
  今年は「瀬戸大橋開通30周年」というニュースが流れるに違いない。多数の修学旅行生が犠牲になった紫雲丸の事故から33年が経過した1988年4月10日、ついに世界の土木工学・橋梁工学史上に燦然と輝く世紀の大プロジェクトは完成をみた。
  ところがこの直後に、「邑久長島大橋 完成」のニュースが流れたのを記憶する人は少ないだろう。1930年、日本初の国立ハンセン病療養所として開設された長島愛生園。数年後には室戸台風で壊滅的な打撃を受けた大阪府の「外島保養院」が移転され(邑久光明園と命名)、長島には2つのハンセン病療養所が存在することとなった。言うまでもなく、「らい(病)の予防・治療と患者の福祉のため」という名の、強制隔離・収容と患者の撲滅が目的であった。本州側からわずか30mの海峡ではあっても、そこに橋を架けるなど、強制隔離の法の下では考えられないことであった。1943年に特効薬プロミンが開発されてからも、それは変わらなかった。無知が偏見を生み、偏見が差別をもたらす典型だ。
  しかし、人権回復を求める島内外の人々は粘り強く活動を続けた。そして1988年初頭、ついに橋は竣工をみた。ところが、ケシカラヌことに、一部で「瀬戸大橋より先に開通させてはならぬ」の声が上がった。結果、瀬戸大橋は4月10日、邑久長島大橋は5月9日の開通となったという。「瀬戸大橋開通30周年」のニュースとともに、「人間回復の橋」としての大きな意味をもつ小さな橋「邑久長島大橋」に関する報道にも注目していきたいと思っている。

(梶原洋一)



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□2007年:20071220号 「人と人との間で生きること」20071120号 「相手の思いを我が身に重ねて」20070720号