OTUニュース
2016.11.30
発想の転換


  東京⇔下関を9時間で結ぼうとする「弾丸列車計画」は戦前から存在していた。朝鮮半島・中国大陸への軍事輸送が急増し、当時の東海道・山陽線では輸送限界が指摘されていたという事情がその背景にはあった。1939年には、当時の鉄道省が「東京・下関間新幹線建設基準」なるものを策定し、同年には帝国議会で承認されている。直ちに、予算が付けられ、用地買収・測量・工事が始まった。しかし、戦局の悪化によって工事は中断を余儀なくされる。
  そして、戦後。焦土のなかにも、弾丸列車計画は枯れずにあった。計画の再構築と工事の再開。ここで大きな問題となったのが踏切事故である。鉄道事故の大半は踏切で発生するが、時速200kmの列車との衝突は大惨事となる。技術者・研究者たちは、さまざまな意見を交わしたとの記録が残されている。そして生み出された結論は、「踏切事故を無くす最善の方法は、踏切をつくらないことである」というもの。この発想の転換、なかなかに妙である。地上を走る鉄道は、道路と交差すれば踏切をつくり、川を渡るときは橋を架け、山が避けられなければトンネルを掘る。これが「当たり前」の時代に、大胆な発想だ。
  70年も前の言葉だが、今でも当てはめることができる場合があるかもしれない。
  日本列島は今朝(11/22)も揺れに揺れた。今年になってからも、熊本、鳥取、福島と続いている。まさに、地震列島・日本。“直下型”はいつどこで起こるのか、専門家ですらその予測をためらうと聞く。フクシマの惨禍を絶対に繰り返さないと誰が断言できるだろうか。
「原発事故を無くす最善の方法は・・・」

(梶原洋一)



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