OTUニュース
2014.09.05
ゆたかな学びを求めて・・・


  以前、この項で「学びの原点」と題した原稿を書いたことがあります。夜遅く、地域の会館で自主的に学習しているおじいちゃん、おばあちゃんたちのことでした。識字学級は、理不尽な差別ゆえに奪われてきた学びを、あらためて奪い返すための闘いの場でもありました。その生き生きとした表情に触れるたびに、「ゆたかな学び」とは何か、と真剣に考えさせられていました。

  そして、今。
  まるで点数=学力であるかのような短絡的で無責任な論調があちこちで飛び交い、「点を取らせろ、順位を上げろ!」の大合唱の嵐が日本国中を吹き荒れています。そうした状況のなかで、「何か違う、どこか間違っている」と違和感を覚えながら、それでも、今、目の前にいる子どもたちの課題に寄り添い、その子の明日を思い、時間を忘れて真剣に向き合っていこうとしている教職員が岡山県にもたくさんいます。もちろん、点数のための学習も忘れてはいません。最重要課題です。でも、それだけではないのです。荒れている子がいたら、人知れず涙を流している子がいたら、学校に来にくくなった子がいたら、その子の心の痛みを我が身の痛みとして、ともに解決への道を探り、その子自身に仲間とともに自己実現していける力をつけていくことも大切な大切な教育の仕事です。子どもたちが身につけていくそうした力は「ゆたかな学び」のなかからうまれます。
  国連の子どもの権利委員会は、「日本の教育システムはあまりに競争的であるため、子どもたちに強いストレスをあたえ、心や身体の健康に悪影響を与えている」と厳しく指摘し、その早急な改善を日本政府に対して何度も勧告しています。
  「何点だった。順位が上がった、下がった」と大騒ぎしているだけでは、子どもも教職員もストレスをためるだけです。そして最も大切な「子どもたちのゆたかな学び」が置いてけぼりにされたままです。もっと大らかに、もっと長い目で子どもたちの今とこれからを見つめられるだけのゆとりこそ、子どもにも教職員にも必要なのではと思えてなりません。
(梶原洋一)



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