OTUニュース
2014.08.04
「きょうも机にあの子がいない」からの学び


  1950年といえは敗戦からわずか5年。戦後の混乱が続くなか、貧困ゆえに学校に通うことができない子どもたちが日本各地にいたそうだ。同和教育も人権教育もまだ産声をあげる以前のことゆえ、当時の学校の記録には、「親の無理解」「子どもの怠惰」「ずる休み」などといった言葉が多く記されていたとのこと。同和対策審議会答申が出されるのはさらに15年後のことである。
  そうしたなか、長欠(長期欠席)・不就学の子どもの存在に胸を痛め、その家庭に通い続けた教員たちがいた。高知県の「福祉教員」たちである。差別―貧困―欠席―低学力―差別という悲しいサイクルが、親から子へと確実に受け継がれていく。朝な夕な家庭訪問を繰り返し、親と話しこむなかでくらしの実態をまるごとつかみ、そこから具体的な教育課題を見出し、ひとつひとつ地を這うようにして取り組んでいった。1954年、その苦闘のようすが「きょうも机にあの子がいない」というタイトルの記録集にまとめられた。そこに記されている言葉には、今にして、いや今だからこそ学ぶべきものが多いように思う。
  • 子どもを知り、家庭を知り、その信頼関係のなかでこそ本当の教育ができるのだ。
  • 欠席→学力のおくれ→欠席を繰り返すなかで、時には非行に走り、ついには長欠となっていく。最も頼らなくてはならないところはお役所ではなく、実は学級集団なのだ。
  • "このような家庭の真の理解者となるべきである"という我々の言葉は、この家庭の理解を通じて、このような家庭を生み出し、更に将来も生み出し続ける社会を認識し、その上に立った教育の課題を具体的に展開・実践することを願っているのである。
  先日OECDが発表した数値によれば、日本の「子どもの貧困」率は統計を取り始めてから最悪の16.3%、実に6人に1人が*相対的貧困の状態にあるという。
  現場の課題、政治の課題、いろいろあるけれど、今一度原点に立ち返るという意味で、数十年前の福祉教員たちのとりくみと、それに続く同和教育の実践に学ぶべきことが今たしかに求められているのだと思う。

※相対的貧困・・・社会の標準的な所得の、その半分の所得以下の世帯員のこと。仮に、国民の平均年収が400万円の場合、200万円未満の世帯員。
(梶原洋一)



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