OTUニュース
20101110号
ケータイ依存


  ケータイといえば携帯電話のことを指す。一般的にそうである。しかし、「携帯」は身につけて持ち運べるモノの総称であって、ティッシュや灰皿、歯ブラシにもケータイがある。小ビンに入った化粧品などもケータイの一部であろう。なのに、ケータイといえば電話を指す。どうも気に入らない。最近は電話以外にも様々な機能が付いているようで、もはや携帯電話という言葉すら死語になりつつある。私など、ケータイを携帯する最後の一人になろうと思ってたくらいのアナログ人間なので、ほとんど電話・ときどきメール以外に使うことがない。
  ところが、このケータイには依存症になるほどの魔物が潜んでいて社会問題にもなっている。つい先日とある食堂で、右手におはし、左手にケータイ、という若い女性を見かけた。左手の指が、リズミカルに動いている。24時間片時も身から離さず、トイレもお風呂も持って入る。友人からのメールには直ちに返信を出さないといけないらしい。でなければ人間関係にヒビが入るとか。機械を使っているというより、完全に機械に使われている。そして人間不信がもたらされる。絵文字などを使うのは、文字だけでは伝えきれない表情を伝えようとしていると考えた結果だろうが、自ずと限界がある。人間の表情や思いはもっと複雑だ。
  恐ろしいのは本人の意思とは無関係に、本人になりすまして他人がメールする「なりすましメール」、"不幸の手紙"の現代版と言われる「チェーンメール」等々のワナが張りめぐらされているということ。文科省の調査では中・高生の7割以上が何らかのトラブルに遭ったことがあると回答している。
  使われる前に、使うための学習が不可欠である。まずは、ケータイを握りしめたまま眠っている我が息子から始めねば・・・。
(梶原洋一)


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